伝聞昔話「酒虫」(聊斎志異「酒精」より)
伝聞昔話「酒虫」
昔々の中国に酒が好きでまるまると太った男がいた。
裕福な家系で、田畑の一部を自分の酒のために使っていた。
その男の所に一人の道士がやってきた。
「あなたは悪いものに取り憑かれている」
道士は男にそう言った。
「私は何にも憑かれていません。どこも悪い所はないのです」
「いくら酒を飲んでも満足できないでしょう」
道士の言葉に男はたしかに酒をいくら飲んでも満足しないと思った。
家が裕福なので気にしたことはなかったが、かなりの量の酒を飲む。たしかに悪いことかもしれない。もしかしたら悪いことがおこる前兆かもしれないと思った。
道士が治療の方法があるというので試すことにした。
日向で男は台にしばられ、三尺ほどはなれた所に酒を入れたどんぶりを置いた。
しばらくするとのどが渇いてくる。酒の匂いがのどの渇きを耐えられないものにする。
渇いたのどに、うまそうな酒の匂いがどうにもたまらない。
がまんができないという思いが強くなり、のどにつよい違和感と吐き気がしてくる。
そして、ぺっと何かを吐き出した。
酒の入ったどんぶりで三寸ほどの赤い虫が泳いでいた。
「これは酒の精です。こいつがいたからあなたはいくら酒を飲んでも満足しなかった」
道士は男に教えた。
「悪いものをとっていただき、どれだけお礼をすればいいか」
男が礼をしようとすると、道士はその酒の精を水に入れればうまい酒になるのでその精をくれればいいと言った。
そして、道士は酒の精をひょうたんに入れてどこかへ行ってしまった。
不思議なことに男は酒の精がいなくなってからあれだけ好きだった酒を憎むようになった。
酒を飲まなくなった男はみるみるやせ、そして家の財産も男のようにやせていった。
ただ、なんとなくやせた時に体と同じように頭もすっきりとさえるようになった気がした。
男は貧乏と空腹の中、まるまる太った酒好きの金持ちの話を聞いた。
「なかなかうまくいかないな」
男はあの道士を思い浮かべ水を一杯飲んだのだった。
中国の聊斎志異(りょうさいしい)より。
300年ほど前の新しい説話集です。私の中では新しいです。
今昔物語と雨月物語が混ざってるような印象です。
短い民話と創作がしっかりされている物語といえばいいでしょうか?
そこそこボリュームのある話も混ざっています。
話の質もばらばらで熱意の違いも感じることができます。
約500話あるといいます。
この話は禁酒に成功したら財産もなくなるというある意味人生の複雑さを感じさせるお話です。
人が筆を持ってから富と成功の神様は盲目であると考えられており、富の神様はいい加減に人を選ぶのだと数千年前から思われています。
諺でも良馬はいちばん乗られ、よい人は一番使われるという言葉や考えもあり、この話はなかなか複雑な人生観を感じさせてくれます。
酔っぱらったお坊さんが話をいじっただけの可能性もある?聊斎志異だと中国から日本にわたり、また中国に帰ってきたUターン民話といってもいい話もあるでしょう。
言葉や物語って不思議な旅をするんですよね。
わざわざこのブログに来て下さったあなたを、私は大切に思います。
※基本的に聞き伝えるという形で、大筋は変えずに思うままに書いております。