伝聞昔話「菊花の剣」(雨月物語・菊花の約より)
伝聞昔話「菊花の剣」
九月九日、菊の日。
赤穴宗右衛門の命日で自ら腹を切った日です。
丈部左門は赤穴宗右衛門と義兄弟です。
五つ上の赤穴宗右衛門は立派な兄となり、丈部左門は立派な弟となりました。
赤穴宗右衛門は立派な兄として、立派な弟との菊花の約束を果たすために、自ら腹を切ったのです。
そして、左門は兄に導かれるように、兄の従弟である赤穴丹治のいる富田の城に向かっていました。
十日間、左門は一途に行き、まるで飛ぶような速さで富田の城についたのでした。
兄は丹治の城で自ら腹を切ったのです。
左門は城に行き、名を名乗り話をすれば、丹治は左門を城に迎え入れました。
「あなたのことは宗右衛門から聞いている。だが宗右衛門はあなたにくわしく話さずに来たはずだ。なぜ宗右衛門が死んですぐにここに来たのだ」
丹治は左門に聞きました。
「士とは富貴にまどわされず、信義によって生きる者を言います。兄は私との菊花の約を果たすために、霊魂となって千里を飛び、菊の日に私たちの所へきました。兄の弟として、兄に導かれて、私はここへきたのです」
左門の強い言葉に丹治はけおされたのでした。
「私はあなたにたずねたいことがあります」
左門はそう言い、ある話を語りました。
昔、魏の公叔座が病に臥した時、魏王が叔座をたずねました。
「そなたが死んだら、私は誰に国の宰相を任せたらいいのか、教えてくれないか」
魏王は叔座の手を取って聞きました。
「商鞅は若いですが奇才です。もし彼を用いないのなら、ほかの国に行って災いとならないように、用いるか殺すか決めないといけないでしょう」
叔座は魏王に言ったのでした。
そして、叔座は商鞅を呼び、
「私はお前を宰相にするように伝えた。そして、用いないのなら殺せとも伝えた。魏王はお前を殺すだろう。早く逃げなさい」
叔座は商鞅に伝えたのでした。
「この話を兄とあなたに例えたら。どう思いますか」
左門の言葉に、丹治は頭を低くだまっていました。
左門は丹治に近づきました。
「兄は塩治との旧交を思い、尼子経久に仕えませんでした。それが真の義だからです。恩知らずを恥じるのではなく、利口だと言うあなたたちを愚か者と言うのです。
尼子にこびて、血のつながった兄に腹を切らせた。
叔座と商鞅のように信を尽くすこともできたはず。栄利におぼれたあなたは汚名を残せ」
左門はそう言うと、抜刀し、丹治を一刀に切ったのでした。
そして、左門は空を飛ぶように逃げたのです。
「何だあれは」
城の者は左門が逃げる姿を見ておどろきました。
左門が逃げている途中、男に会いました。
左門が男に気づくと、
「名を知りたいのだろう。尼子経久という」
経久の言葉に左門はおどろきました。
「宗右衛門にお前を救えと頼まれた。信と義に生きる珍妙な生き物が見られると宗右衛門に聞いてな、わざわざここに来たのだ。宗右衛門はすごいな、死んでも生き生きと動いている」
経久はそう言うと、逃げる方角を指したのでした。
左門が無言で通りすぎようとすると、
「まてまて、お前に渡したい物がある。宗右衛門に与えるはずだった刀だ。形見がないのだろう」
経久はそう言うと、一振りの脇差を左門に渡したのでした。
「刀の礼は言いますが、それだけです」
左門は刀を受け取り、そう言いました。
「かまわぬよ。優秀な部下の非礼には苦笑いで答えるのが君主の仕事だからな」
経久は左門にそう言い、大きく苦笑いをしたのです。
そして、左門と経久は別々の方角へ進んだのでした。
聞き伝える昔の話でございます
雨月物語・菊花の約の最後の方。
足しすぎじゃないと思った人、
それが理解できるあなたが好き。
小泉八雲さんはここは書いてないずぇ。きっと。
※基本的に聞き伝えるという形で、大筋は変えずに思うままに書いております。