伝聞昔話「玄象の琵琶」(今昔物語より)
伝聞昔話「玄象の琵琶」
村上天皇の時代です。
玄象という天皇家に伝わる琵琶がなくなってしまったのです。
「玄象を私の代で失くしてしまうとは」
天皇はたいそう嘆きました。
盗んでも売ったりするのは難しい品です。
恨みのある者が盗んで壊したのだろうと、皆は考えました。
満月の夜、玄象の美しい音が聞こえてきました。
その音を源博雅は清涼殿にいた時に聞きました。
博雅は管弦の道を究めた人です。
その音を聞き、博雅は玄象がなくなったことを誰よりも嘆いていたので、その気持ちが聞かせた幻聴かと思いました。
「玄象の琵琶を思う気持ちが私の知らない曲となって聞こえてくるとは、玄象の琵琶とはまさに稀代の名品だったのだな」
博雅はそう言うと少し涙ぐんだのでした。
玄象の音がまた聞こえました。
博雅はこの音は玄象で、間違いなく誰かが弾いていると思いました。
博雅は宿直装束のまま、靴だけはいて小舎童一人を連れ、衛門の陣を出て南の方へ歩いていったのです。
「玄象の琵琶を取り返さないといけない。それにこの曲を弾くものに会いたい。玄象の琵琶が選んだのだ、素晴らしい者だろう」
博雅は曲の聞こえる方角を見て言いました。
なかなか玄象の琵琶にたどり着きませんが、曲は同じ方角から聞こえてきます。
「誰かが楼観で玄象の琵琶を弾いているのだな」
博雅はそう言い、南へ歩きました。
「琵琶の聞こえる距離だと思って何も考えずに来たが、こんなに遠くまで音が届くとは名品とは恐ろしいものだ」
博雅は言いました。
この音が玄象の悪戯でないことを祈りながら歩きました。
博雅は楼観に着きましたが、まだ南の方から聞こえてきます。
そうこうするうちに博雅は羅城門に着きました。
門の下で耳を傾けると、門の上で誰かが玄象を弾いていました。
その様子、聞いたこともない曲から博雅は玄象を弾いているのは人でなく鬼だと思いました。
「この曲は誰が弾いているのかな、玄象が消えて天皇が嘆かれている。今夜清涼殿で南の方角から聞こえてきたので、ここまで来た」
博雅がそう言うと、曲が止まり、何かがおりてくる気配がしました。
博雅は身構えましたが、よく見れば、それは縄をつけて下ろされている玄象でした。
それを博雅は手に取り、天皇に献上したのです。
「鬼の取りたるけるなり」
天皇はそう言いました。
玄象は国の宝として今もなお語り継がれています。
まるで生きているようで、弾き方がまずければ腹を立てて鳴らず。手入れを怠っても腹をたて鳴らないのです。
そして、火事の時に玄象の琵琶は自力で避難したのです。
稀代の名器とは魂が入っており、人々に怪しまれもする物なのです。
聞き伝える昔の話でございます
今昔物語から
弦上と書くとも
弦上と玄象は違うとも言われます。
ということは誰も本物見たことがないんですかね。
記録は細かく残ってますが。
※基本的に聞き伝えるという形で、大筋は変えずに思うままに書いております。