怪談「徒然草子」

徒然なるままに、きいぼうどと心にまかせて、古典狂の怪談作家の結果的にここだけの怪しいかもしれない話

貴方の哲学の道を散歩しよう。哲学の道の作り方。

哲学の道を作ろう

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哲学の道と呼ばれている道があります。

 

永観堂付近の日本の道100選に選ばれている、その道は、文人の道と呼ばれていました。

 

文人が多かったからです。

そして、

西田幾太郎や田中元らが好んで散策したことから哲学の小径と呼ばれ、今は観光スポットになり「哲学の道」と呼ばれています。

 

その道を通り、考えをまとめたのです。

その哲学を道を作ることが出来ます。

貴方のための哲学の道です。

 

何故哲学の道なのか?

 

なぜ、そこで思考がまとまるのか。

 

人間は歩いた一歩一歩をも記憶していると言います。

全てを記憶しているサヴァン症候群という人たちがいますね。

あの人たちは、異常記憶ではありません。

 

忘却障害なのです。

忘れることが出来ないのです。

 

忘却に障害があるとどうなるか、レインマンのように、事故の記憶や恐怖の記憶に怯えて、行動ができなくなります。

 

辛かったら寝てしまえ、はある意味では正しい考えです。

忘れるという機能をフルに使うのですから。

 

忘却は忘れることではありません。

記憶の位置を変えるだけです。

記憶の倉庫の奥にしまう感じですね。

なので時たま顔を出します。

 

記憶とは整理されていない倉庫みたいなもんだと考えても良いと思います。

なので貴方も私も覚えています。膨大な量の記憶を。

ただ整理されていないので、うまく使えないのです。

倉庫は中は広くても出入り口は狭いですね。

出入り口の整理と大きさが頭の良さでしょう。

 

ぐちゃのぐちゃの倉庫の記憶を散歩によって整理するのです。

正確には退屈な散歩だといいます。

直感を研ぎ澄ますとは、知識を詰め込み、その乱雑に置かれた知識を直感に整理させることだとも言えます。

思考で整理できない記憶を直感に整理させるのです。

 

その作業をする作業場が哲学の道なのです。

 

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貴方の哲学の道の作り方

健康のためではなく、思考のために歩きます。

そのために必要なのは、退屈な道です。

 

退屈な道とは、歩きなれ過ぎた道の事です。

なので、近所にある散歩コースを、退屈にまかせて歩くことが、思考の整理となるのです。

 

なので、音楽もラジオも禁止です。

退屈を楽しんでください。風景は見飽きている方がいいのです。

退屈に溺れてください。

ゆっくりとゆっくりと退屈を味わってください。

退屈からの脱却が発想だと言います。

必要は発明の母、退屈は発見の母なのです。

 

私も近所の山を歩きます。その山は何十回も歩いています。

山のハイキングコースですね。

春の紅葉、春紅葉もある山です。河童もいます。像ですけども。

そこは結果的に哲学の山となってるわけです。

 

哲学の道とはあなたの生活ともにある道なのです。

貴方の哲学の道を探してみるのはどうですか?

 

わざわざこのブログに来て下さった貴方を私は勝手に大切に思います。